・映画の要約
アンダー・ザ・ウォーター(原題:QEDA)は、2017年に公開されたデンマーク・フィンランド・スウェーデン合作のSF映画であり、環境崩壊後の未来社会を舞台に、人類の存続と倫理を問いかける作品である。舞台は2095年。地球温暖化と海面上昇により、陸地の大半は海に沈み、動植物の多くが絶滅。真水は国家管理される貴重資源となり、人類は静かに滅亡へ向かっている。
そんな絶望的な未来において、2017年に航空機事故で命を落とした女性研究者の研究データが、人類存続の最後の希望として浮上する。政府は特殊技術によって「過去の分身」を送り込み、失われた研究成果を回収しようとする。その任務を託されたのが、主人公ファン・ルン大尉である。
本作は、派手なSFアクションではなく、時間干渉と人格の連続性、そして未来の人間が過去に介入することの倫理的矛盾を、静かで抑制されたトーンで描いていく。北欧SFらしい冷たい映像美と、終末世界の静寂が印象的な作品である。
・映画の時間
上映時間は 85分。
・ネタバレ(起承転結)
起:滅びゆく未来
2095年、人類は海上に浮かぶコロニーで細々と生き延びていた。淡水不足と生態系崩壊により出生率は激減し、文明は衰退の一途をたどっている。軍人であるファン・ルン大尉は、過去への介入任務を専門とする部隊に所属していた。彼はかつて、任務で過去に送り込まれた自分の分身が死亡した経験を持ち、その行為に強い葛藤を抱えている。

承:2017年への潜入
政府は、人類再生の鍵となる研究を残した女性科学者マリー・ハンセンの研究データを回収するため、2017年への介入を決断する。ファン・ルンは、自らの分身を2017年に送り込み、マリーに接触する任務を命じられる。過去の世界は、まだ海に沈んでいない地上の都市が存在し、人々が何気ない日常を生きている時代だった。その光景は、未来から来た者にとってあまりにも眩しい。
転:感情の発生
分身はマリーと接触し、研究データの在処を探るうちに、彼女と人間的な関係を築いていく。だがこの接触は、任務の根幹を揺るがす問題を引き起こす。未来では「感情」は効率を下げるものとして忌避されており、過去に深く関わることは禁忌とされていた。分身は次第に、自分が単なる道具なのか、それとも独立した存在なのかという疑問に囚われていく。
結:選択の代償
研究データは回収されるが、その代償として、分身は自らの存在を消される運命に直面する。未来へ戻ったファン・ルンは、分身の記憶と感情を引き継ぎ、マリーとの関係、そして彼女が辿る悲劇的な未来を知ることになる。人類は希望を手に入れるが、その裏には個人の犠牲と、過去を改変することの取り返しのつかない代償があった。映画は、未来世界の静かな海を映しながら、希望と虚無が同時に存在する余韻を残して幕を閉じる。
・この映画と似ている映画
- メッセージ
未来の知識と人類存続をテーマにした、静かなSFドラマ。 - アナイアレイション
環境変異と人間の存在意義を哲学的に描いたSF作品。 - 月に囚われた男
クローンと人格の連続性を扱ったミニマルSF。
・この映画を見れるサービス
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・総評
『アンダー・ザ・ウォーター(QEDA)』は、環境破壊という現実的な危機を背景にしながら、時間SFと存在論を静かに融合させた作品である。ハリウッド的な派手さは一切なく、むしろ映像も音楽も抑制され、淡々とした語り口で進行する。そのため一見地味に映るが、観終わった後にじわじわと思考を侵食してくるタイプの映画だ。
本作が描く最大のテーマは、「未来のために、誰が犠牲になるのか」という問いである。分身という存在は、人類の延命のために作られ、感情を持つことすら想定されていない。しかし彼らが感情を獲得した瞬間、単なる装置ではいられなくなる。この矛盾は、現代社会における労働やAI、効率化の問題とも重なって見える。
主人公ファン・ルンは、冷静な軍人でありながら、過去と未来の狭間で揺れる人物として描かれる。彼は英雄ではなく、決して正しい選択をしたとも言い切れない。それでも、人類のために決断を下す姿は、静かな悲壮感を伴って観客に迫ってくる。
環境描写も印象的で、沈みゆく世界は派手な崩壊ではなく、音のない死として描かれる。これは気候変動がもたらす現実の未来を想起させ、SFでありながら強い現実感を持っている。
総じて『アンダー・ザ・ウォーター』は、エンタメ性よりも思考を重視した北欧SFの良作であり、観る者に答えではなく問いを残す映画である。派手なSFに慣れた人ほど、静かな衝撃を受ける一本だ。
・スタッフキャスト
監督:マックス・ケストナー
脚本:マックス・ケストナー
出演
ファン・ルン:ラース・ミケルセン
マリー・ハンセン:ソフィー・グローベル
ほか